2007年05月25日

楊清順インタビュー記事!


楊清順(写真はGuinness 9-Ball Tour第2戦)

 Guinness 9-Ball Tour高雄で優勝した楊清順。彼の最新インタビューが出ました。北山ブログに訳が載っています。これは必見!

俺は負けるっていう感覚が好きじゃない。楊清順ロングインタビュー前編

冷面殺手が一番緊張した瞬間とは?楊清順ロングインタビュー後編

〈Guinness亞巡賽〉楊清順不愛輸的感覺 收徒弟要有基礎

2007年大会日程
5月の記事
posted by mathilda at 12:46| 新潟 ☁| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月25日

呉珈慶インタビュー

DSCF0369.jpg

 いよいよ来週からフィリピン世界選手権がスタートします。アジア大会代表合宿で日本代表と対戦した、ディフェンディングチャンピオン呉珈慶に直前インタビューをおこないました。痩せた呉珈慶も見慣れてきましたね''^_^

Q:いよいよ世界選手権ですが、今年も勝つ自信はありますか?

呉珈慶:今年の世界選手権は色々変更点があります。グループラウンドは1組4人の8先交互になりましたし、決勝トーナメントも交互ブレイク。僕としてはやはり勝者ブレイクの方が勢いに乗っていけるので良かったです。メンバー的に、グループラウンドは通過できると思いますが、やはり決勝シングルは実際に戦ってみないと分からないですね。

Q:昨年は地元台湾開催。今年フィリピンでやることに関しては?

呉珈慶:これまでにフィリピンは何度も行っているので、食べ物などの環境は心配していません。確かに昨年は地元の声援が励みになりました。今年はフィリピン選手と対戦する時、凄いアウェーになるでしょうね。でもそれもいつものことなので大丈夫だと思います。

Q:8ボールと9ボール、今はどちらも毎日練習しているのでしょうか。

呉珈慶:今は世界選手権直前ですし、その後すぐに全日本選手権もありますから、基本的に9ボールの練習しかしていません。全日本選手権から帰ってきたら、集中的に8ボールに取り組む予定です。

Q:現在どちらも世界チャンピオンですが、正直、自分にはどちらが合っていると思いますか?

呉珈慶:9ボールは昔からやっていましたが、8ボールを練習するようになったのは昨年の8ボール世界選手権からです。8ボールに関してはまだまだ知識も経験も足りないと思っています。ですが、その分だけ逆に興味深くもあるんです。9ボールもそうですが、どちらももっともっと上手くなりたいですね。

_A168840.jpg
今年のアジア大会代表合宿


昨年の全日本選手権

Q:国内海外と一年中試合が続きますが、体力的にはつらくないですか?

呉珈慶:もちろん決して楽ではありませんから、定期的にスポーツをすることによって身体を鍛えています。ダイエットしたのもその一環です。今、70キロですから、昨年同時期より27,8キロ痩せましたね。身長は176cm。少し伸びました。

Q:あなたはまだ高校生ですよね?

呉珈慶:はい、来年3月に卒業予定です。ですが今は、アジア大会の代表になったことで、国から学校に行かなくていいという許可が出ています。もちろん卒業にはまったく問題ありません。ですから毎日、ビリヤードの練習に専念しています。

Q:卒業後の予定は何かありますか?

呉珈慶:今は世界選手権とアジア大会で頭が一杯です。ビリヤードを辞めてしまうことはないと思いますが、具体的にどうするかとか、まだ何も考えていません。

Q;ビリヤード以外で興味があることなどはありますか?

呉珈慶:インターネットはよくやりますし、TVもよく見ます。最近はよく楊清順と釣りに行ったりします。アジア大会の練習のために、楊は今、台北に住んでいるんです。釣りに関しては楊の方が上手ですね。

DSCF0368.jpg
「On the hill !」は定期的にチェックしています……というのはガセ(笑)
posted by mathilda at 01:02| 新潟 ☔| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月12日

新保まり子メールインタビュー''^_^

_A088680.jpg
新保まり子(写真は北陸オープン)

Q……プロ入り3年で初優勝。正直、長かったですか?

新保……同期には光岡プロと野内プロがいます。長かったと思います。プロ3年目、早く優勝したいと思っていました。すごくうれしいです o(^〇^)o
               
Q……これまでの最高が昨年の九州レディースオープン3位タイだったと思うのですが、その時の対戦相手も大谷晃央。今回、何か思うところはあったでしょうか?

新保……オープン戦では昨年の九州ですが、今年の4月のプロツアーでも3位タイでした。昨年の九州では大谷プロに負けたけど、プロツアーでは勝ちましたから、特に過去の対戦は意識しませんでした。でも先月の九州と今月の西プロツアーと2週連続優勝されている大谷プロなので、自分の力を精一杯出そうと、集中して玉を撞くことが出来たのが勝因でしょうか。               
Q……今大会、随分入れが強いなあと思ったのですが、今大会前に変えてみたことはありますか?また、「勝てる」という予感などはありましたか?

新保……今回は特設会場で新羅紗だったので、普段の練習通りにはいきませでした。捻りも伝わらないし、ネクストも思った通りにはならないと判断したので最低のところで 後は「玉を入れたら勝つ」と自分に言い聞かせて撞きました。それが良かったのだと思います。調子の悪い時は体がぶれたり、ヘッドアップしてしまうので、逆に「体を動かさなかったら 全部入る」と思い込みました。

_9253223.jpg
2005九州レディースオープン

Q……決勝は仲の良い光岡プロとの対戦。2発のマスワリと2発の9番ミス。決勝戦を振り返って貰えますか?

新保……光岡プロとは同期で同じ大阪なので 遠征もいつも一緒に行っています。決勝日に二人とも残れたので、抽選で別の枠から引いて決勝で戦いたいと思っていました。そして、それが実現したのでうれしかったです。試合の内容は、1マス目、ブレイクで取り出しが良かったのでマスワリできました。1つ目の9番入れラッチは、相手のミスした残り玉。短クッションに手玉、反対の短クッションに9番。超難球で入れるのが精一杯でした。と、いうか手玉止まりかけてたのに……。2つ目の9番ミスは、ちょっと撞きづらだったのもあるけど、とばしたのはショックでした。後半に引きずりそうだったので、すぐにタイムアウトを取りました。最後のマスワリは、ブレイクで取出しが良かったので 時間をかけてでも丁寧に取り切りたいと思って、緊張しながらも強気で、自分に負けないように最後まで撞けました。
              
Q……優勝前後で心境の変化などあれば教えてください。

新保……まだあんまり実感がないのですが、応援してくれた人達に最高の報告ができてうれしかったです。

Q……プレーキューは何で、どれくらい使ってますか?キューへのこだわりも教えてください。

新保……プレーキューは、オーダーメイドMUSASHIで、プロになる前に買いました。グリップは リングトカゲでとっても気に入ってます。ちなみに、ブレイクキューのグリップはニシキヘビ(本物)です。キューケースもヘビ柄……。爬虫類が好きなわけじゃないけど 柄物派手好きかも……。
             
Q……新保さんと球を撞いてみたい!と思ったらどこに行けば撞けますか?

新保……大阪寝屋川カリフォルニアプール、枚方CD4、四条畷Be-1など……。どこかにいますよぉ〜。

Q……これからの抱負を聞かせてください。

新保……これからもっと練習を重ねて、2勝目を目標とします!そして、ランキング上位を目指します!!これからも応援よろしくお願いします。

 新保まり子、次戦は月末のオータムクィーンズです。今後の活躍に期待しましょう!

PB245312.jpg
2005全日本選手権
posted by mathilda at 09:19| 新潟 ☔| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月14日

World Cup of Pool:オサリバン、インタビュー



 World Cup of Pool公式HPにオサリバンのインタビューが載ったので、簡単に意訳してみました''^_^

EXCLUSIVE Ronnie O'Sullivan Interview

 World Cup of Poolにおいてラジ・フンダルとイングランドAチームを組むロニー・オサリバン(30歳)は、プールでの成功を信じている。

「プールでも上手くいくと真剣に思っているよ」と、2度スヌーカーの世界チャンピオンになったオサリバンは語った。「もっと集中してブレイクの練習を積めば、トーナメントに勝つチャンスは十分にあると思う」

「トニー・ドラゴはワールドプールマスターズに勝ったし、他のスヌーカー選手も頑張っている。彼らに出来るなら、私にも出来るはずだ」

「私はスヌーカーをやる環境にいたからスヌーカーに専念したけど、プールをやる環境にいればきっとやっていただろうね」
 
 オサリバンは今年既に2度(訳者注:ウェールトオープン準優勝があるので3度)プールの大会に参加している。ワールドプールマスターズでは一回戦で呉珈慶に敗れたものの、IPTノースアメリカンオープンではラウンド3に進出した。オサリバンはこれからもスヌーカー界から離れることはないが、彼は自分がプールの技術を学びさえすれば、プールの世界でもトッププレイヤーになれると信じている。

「私の最優先はスヌーカーだからもちろん練習する。でもプールをプレーするのには何のプレッシャーも感じないし、新鮮でもある。スヌーカーのように勝つのを義務づけられているわけではないかからね」

「スヌーカーにおいてはいつでも負けたくないわけだから、まだ決して専念しているとは言えないが、プールにおいてもそれは同じ。自分が勝つに値しないプレイヤーだとは思わないよ。」

「呉珈慶戦で、ブレイクの重要性がよく分かった。でもブレイクの技術を身につけるのはそう難しいことではないと思うし、そうすれば呉珈慶に勝つチャンスもあるはずだ」

「現時点では、確かに呉珈慶はプールにおいては私より優れているだろう。だが、もちろんスヌーカーにおいてなら立場は逆転するさ」

「ワールドプールマスターズの前、1月(ウェールトオープン)からプールの練習は実質的にしていなかった(訳者注:スヌーカーのシーズン後半戦だったため)。だからマスターズは良い刺激になったよ」



ロニー・オサリバン(写真はワールドプールマスターズ)

World Cup of Pool関連
posted by mathilda at 12:47| 新潟 ☀| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月09日

草野寿インタビュー2


草野寿(写真は2005男子世界選手権)

 コリア・インターナショナルチャンピオンシップ優勝後の追加インタビューです''^_^

Q:オープン戦を勝った直後の海外戦。自分の心境、及び周りの態度に何か変化はあったでしょうか?

草野:北海道オープン勝って、嬉しいけど不思議な変な気持ちのまま、韓国に行きました!でも、向こうで韓国のプロやアマチュア達にまで、おめでとう!って言ってもらえました。やっぱり嬉しかったし、注目されてるなって感じて、正直気分よかったです!試合速報っていうことでの、オンザヒルの凄さを感じました。

Q:高見に2回戦で惜敗。正直焦ったのでは……?

草野:高見君に負けましたけど、そう悲観的にもなってないし、気楽な、ちょっと余裕のある感じでした。調子がいいわけじゃなかったけど、球をはずす気はしてなかったですから。その後すぐに、トラブルがあって……(タイムスケジュール制にも関わらず、急に試合に呼び出され、30分遅れで試合開始。これで不戦敗になっていたら優勝はもちろんなかった)。 土方家のご家族をはじめ、みなさんに助けていただいて、すごい感謝してます。

Q:決勝を自戦解説していただけると助かります''^_^

草野:決勝はやっぱり田中くんの方がプレッシャーがあったんじゃないですかね。僕はビリヤード始めてからすぐ、田中くんを見て追い掛けてきましたから。プロになってファイナルで田中くんと対戦するのが一つの目標でした。夢だったって言ってもいいくらいです。しかもそれが、初めて一緒に行った海外戦ですから。気分は最高でした。内容は、序盤から中盤にお互いにイージーミスも出ましたし、すばらしいとは言えないかもしれないですけど、フルセットになって、僕の劇的なフロックマスワリでの勝利!天才かな?って思いました(^-^) 観客も楽しんでくれてましたし、何より僕がすごい楽しかったです。これからも、出れる試合は全て出て、結果にもこだわって頑張っていきたいです!

草野寿インタビュー
posted by mathilda at 17:18| 新潟 🌁| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月14日

“サムライ”竹中寛インタビュー!

takenaka214.jpg

このインタビューは1月20日、兵庫でおこないました。つまり、関西9ボールオープンの前、IPTの2006年スケジュールが出る前です。

……昨年前半は韓国に3回も同行したのに、後半はあまり竹中さんの試合を見れませんでした。

竹中:MEZZ CROWD9 CUPの時くらい?会うだけなら全日本選手権もありましたが。

……そうか、昨年は全日本選手権でもお会いしましたね。私が走り回ってたのであの時はあまり話せませんでした。

竹中:取材してるんだからしょうがないですよ。全日本選手権は土曜日に見に行きましたが、それにしても選手権の奥村さんは凄かったですね。勝者3回戦の奥村 vs 高橋を見ましたが、本当にやばかった。決勝日は行けなかったんですが、みんなが口を揃えて「あんなの見たことない」って言ってました。当然、入れも凄かったんだろうけど、あの対戦相手と4試合戦い抜いた体力、集中力が素晴らしい。

……先日のダービーシティクラシック(DCC)はお疲れ様でした。

竹中:DCCは調子自体はそう良くなかったんですが、上手く行きましたね。(9ボールの)ジェイソン・ミラーとの試合は6−1から捲ることが出来ましたし。前回7−0で勝ってるんですよ。だから彼のイメージが悪かったんでしょうね。スーケーもそうだと思うんですよ。これまで3連勝ですから。アーチャーとは2勝1敗。とにかく彼は遅い。そして几帳面。そんなところにゴミあるか?(笑)

……今年でDCCは何年連続ですか?

竹中:3年連続ですね。トータルの成績も徐々に上がってます(笑) 

……3人(竹中、高見、坂井)とも3トーナメントすべてに出場ですか?

竹中:そうです。本当は永田さんも一緒に行く予定だったんですが、直前にどうしても外せない用事が入って、チケットをキャンセルしたんです。僕の成績は9ボールが一番良くて(5位タイ)、 バンクが5ラウンド。ワンポケットが7ラウンドで終了。ワンポケットであそこまで残ったのは、自分でもまあまあ頑張ってると思うんですけどね。(ワンポケットを3連覇した)エフレンは別格です。技術力ではなしに、ゲームの組み立てがまるっきり違うんです。我々が考えてるのと全然違うショットをする。いつの間にかこっちは何も出来ない状態にさせられてしまうんです。やられたら、「ああそういう手もあったのか」と思うけど、やられるまではそのイメージも出来ない。

……9ボールは本当に惜しいところまで行きましたね。

竹中:スーケーに勝った時点で9連勝。ちょっと色気が出たんですけどね。次の相手に勝っておかなければいけなかったのに、6−4にするところでやっちゃって、結局5−7。負かしたスーケーが優勝ですから、ちょっと残念でした。あと、ジャネット・リーとの試合はだいぶちびりました。「負けたらどないしよう……」って。7先勝者ですからね。結局7−1だったんですけど、言ってみれば向こうの英雄と東洋の悪役なわけじゃないですか(笑) 僕が最初に1セット取った時に誰も拍手しなかったんですよ。で、2−0から2−1になった時、ジャネットに凄い拍手だったんです。それで次に僕が取って3−1にした時、ジャネットが観客に向かって「どちらにも拍手してよ」って言ったんです。そしたら僕の時にも(ジャネットの時ほどではないけど)拍手が来るようになった。これはさすがだな、と思いましたね。

……竹中さんの知名度はアメリカでもそこそこあるんじゃないですか?

竹中:全然ですよ(笑) そりゃみんななんとなくはわかってくれてるんでしょうけど、ジャネットと比べたら、もう蟻みたいなもんです(笑) でもDCCは面白いですね。坂井さんがエフレンと話した時、「DCCはワンポケットがあるから楽しい。これは賞金とは関係ないよ」って言ってたそうですし。人が多くて会場が広いせいか、全体にゆっくりしてますしね。毎年、試合と別にやってるギャンブルを見るのが面白いんですが、今年は3つともそこそこ上まで残ったので、そういう時間が取れなかったのは残念でしたね。

……マスターオブテーブルになったジェイソン・ミラー、今年の彼はどうだったんですか?

竹中:彼は前からあんなもんですよ、実力はありますから。9ボールなら、まあ互角に戦えるけど、バンクとかは僕では相手にならないですね。バンクが上手いのはもちろんなんですけど、難しいショットをバシバシ決めるわけじゃなくて、比較的簡単に思えるバンクの精度がまるっきり違うんです。バンクなんて穴前にあるわけじゃないから、僕らだったらちょっと長い短いって外すところをまず外さない。それと、ワンポケットと同じで組み立てが本当に上手いんです。

……IPT予選は出れなかったんですよね?

竹中:IPT予選の日程が決まるのが遅くて……。帰国便をずらそうとしたんですけど、もう一杯でどうにもなりませんでした。さすがに来週は行けないので、2月に二週連続してある予選(予選C:17〜19日、D:24〜26日) に出ようと考えていますが、まだはっきりとは決まっていません。
※ 両予選へのチャレンジが決まっています。

……DCCとIPT予選は同じ会場だったんですか?

竹中:そうですね。最終日はDCCは9ボールだけでラウンドも進んでましたから、テーブルも沢山は必要なかったですし。テーブルはダイヤモンドなんですけど、ポケットは甘くはなかったですね。ボール2個ないくらい。両方残ってたパグラヤンは忙しそうに行ったり来たりしてました。

……竹中さん以外の方は今後のIPT予選には?

竹中:永田、高見……、それに向井、鈴木が出ると思うんですけどね。枠が二つしかないじゃないですか。まとまって行ってもみんなライヴァルになってしまうわけで……。それがきついですね。

……ちなみに2月の予選に出るとしたら、国内の試合が重なりませんか?

竹中:そうですね、24〜26日は重なりますね。もう仕方ない、重なったところは諦めるしかないです。先日も吹田で8ボールの勉強会やったんですよ。ちょっとやっておかなきゃなって。国内のツアーも9ボールと8ボールを半々にするらしいです。個人的にはワンポケットもバンクも入れたいんですけど、ツアーの数には限りがありますし。

……東京オープン、TOKYO9ボールを含めて昨年は国内で5勝。更にソウルオープン優勝に、コリア・プロツアーチャンピオンシップ準優勝。特に後半は大活躍でした。

竹中:そうですね、後半戦は感じ良くは撞けてましたね。7月の海外連戦(世界選手権、コリア・インターナショナルチャンピオンシップ)の時は歯痛のせいもあってボロボロでしたから、それに比べればね。TOKYO9ボールは気合いが入りました。勝った時は(海外初優勝だった)ソウルオープンより嬉しかったですよ。ベスト4は僕以外3人フィリピンでしたから、これは負けられないぞと。まあ、交互ブレイクというフォーマットも僕には良かったんじゃないかと思います。

……以前のインタビューでも伺いましたが、やはりブレイクは弱点ですか?

竹中:ダメですね……。そんなの言ってても仕方がないんですけど、台の高さが違うと余計ダメになります。アメリカの台は全体的に高いじゃないですか。まあ、ほんの2センチくらいの違いなんですけどね。パグラヤンなんか見てるとあんなに小さいのに合わせてくるし、当たってる。やっぱり凄い(笑) いい加減、直していかないといけないですね。

……コリア・プロツアーチャンピオンシップは惜しかったですね。

竹中:決勝はもう仕方がないですね。前半で僕がやらかしてましたし、後半は僕にエースが連続してヒルヒルに追いつけただけですから。あの時は高見が勿体なかったですね。ヴァレとイモネンを倒して決勝シングルに上がって、その一発目でイモネンにやられましたから。あの時のヴァレは全然でしたよ。「これでアジアツアー勝ったんか」っていうくらい明後日でした。それくらい入れてなかった。

……竹中さんは、最近の国内ではもっとも海外経験豊富なプレイヤーの一人ですよね。

竹中:いや、そうでもないでしょう。川端さん、高橋さんの方が全然多いんじゃないですか。僕はアジア9ボールツアーとかは出れませんし。昨年は韓国の試合がありましたけど、やはり彼らと比べると、同じ海外試合でも、戦ってきたメンバーが違うと感じます。

……今年の予定はどんな感じになるんでしょう。

竹中:とりあえず、2月のIPT予選二つは行きたいと思っています。国内はもう3年連続してランキングトップを取れましたから、今年は海外中心で戦ってみたいですね。やはり、これまでの海外戦がとてもいい経験になってると思うんです。まだ、どうなるかわからないですけど、今年は血まみれになっても海外に出れるだけ出たいなと思ってるんですよ(笑) 

takenaka215.jpg
竹中寛(写真は2005JBC韓国対抗戦)



posted by mathilda at 01:59| 新潟 ☁| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月26日

草野寿、一年総括インタビュー!

2005年ランキング5位、全日本選手権3位。何かと話題の多い一年を送った草野寿プロにメールインタビューしました。スペシャル映像付きです! 

富山にて
富山にて

グランプリウェスト初優勝(4月) − JPBA復帰後約一年での初優勝。これは移籍以前のJPBAも含めて初優勝ですか?また、今思い返してみて、当日のコンディションはどうだったでしょう?また、優勝の鍵になった試合は?

草野 − 公式戦は、初優勝でした!まぁ普段の事ですが、よく練習できてたと思います。あの日は、ベスト8の藤本さんとの試合がきつかったです。なんとか凌いで勝てました。優勝できたのは、たまたまでしょうけど、やっぱり嬉しかったです。何よりお世話になってる、クルーゾーの社長の前での優勝だったんで。

高雄にて
高雄にて

世界選手権ステージ1(7月) − 今年は日本勢最高位ながら通過できず。そんな中、初参戦の大井は通過、大井を含め、通過した選手にあって、草野さんになかったものは正直なんだったでしょう?また、ステージ2で最も印象に残った試合(選手)は?

草野 − 通過できなかったですねぇ。自分の中では、そこそこ玉入れて、楽しめた五日間やったんですけど。今年は挑戦じゃなくて、残りにきたんや!って気持ちで試合しました。力不足の部分とがむしゃらさがたりなかったのかも。大井くんは、がむしゃらに球に向って、攻めて良く入れてましたから。でも、周りの台湾選手に負けてる、劣ってるとは思ってないです!本戦は、川端さんのジェレミーとの試合は、すごい残念でした。高橋さんとイモネンの試合は壮絶でした。あんな場面で戦いたいですね。

ソウルにて
ソウルにて

海外連戦について(7月) − 台湾から続けて韓国に行ったわけですが、スケジュール的にもかなりハード(懐的にも''^_^)、とは言え、海外トップは毎週のようにそういうスケジュールを続けているわけで。実際自分で動いてみてどうでしたか?言葉、食べ物のことなどでも感想があればお願いします。

草野 − そうですね。僕は個人的に財布が台湾で消えたのが激痛でした(T_T) 飛行機で飛び回るのが、イメージよりしんどい事もわかった年でした。食事も、食べれる事が多かったですけど、場所によっては工夫なんかがいるでしょうし。特に日本人は、外に出たら言葉が通じないので、食べ物も含めて試合以外の管理なんかも大変と感じました。でも、だからこそ頑張って、これからも出ていきたいです。

ブルネイの王子と握手
ブルネイの王子と握手

ブルネイ国際招待(9月) − 韓国に続いてスヌーカータイプに足をすくわれたわけですが、そのあたりどうお考えですか?また、招待戦の一発勝負について一言お願いします。)

草野 − ブルネイ、ホンマに痛かったですね。でも、改めて勉強しました。あんな舞台、みんな強い選手で、なめて勝てる相手なんか居ないって事。日本の代表で行って、負けたら終わりで、勝ったらエフレンと試合できてたって事。いろんな事がマイナスになった試合でした。気持ちが、フラフラして集中力が足りなかったのかもしれないです。来年もし行けたら、頑張りたいです。

ブルネイにて
ブルネイにて

東海GPから北陸OP(9〜10月) − 正直、不完全燃焼ではなかったかと思われる、後半のG2連戦。結果を出せなかったのはぶっちゃけ何が原因でしょう?

草野 − 正直、海外の試合が楽しくて、外人との試合が楽しくて、腑抜けになってたような気がします。もちろん、日本で勝ち倒してもなく、トップでもない僕が何を言っとるねん、って感じでしょうけど、実際そう思って、感じてしまっている自分がいました。僕はまだ、そんな気持ちが違うトコを見た状態で、日本で勝つ事なんかできませんから。

草野 vs エフレン
草野 vs エフレン

8ボールについて(11月) − 草野さんに負けたレイズがアメリカで2000万円ゲットです。エフレンへの思い、来年のアジア大会/8ボール世界選手権に向けての意気込みをお願いします。)

草野 − まぁ、エフレンが2000万とった事(IPT“KING OF THE HILL”)は普通ですよね。何より優勝して、普通って思われてるエフレンが普通やないですけど。エフレンとの試合は、ホンマによう頑張れました。気分良かったですし、何より楽しかったです。エフレンの試合なんかのギャラリーの数、ブルネイの時も感じましたけど、ホンマにスーパースターなんやなぁって。と同時に、エフレンにたくさんのギャラリーの前で勝つって事がすごいのもわかりました。また近いうちに、対戦したいです。ナインボールで入れ倒して勝ちたいです。でも、エイトボールはホンマに面白かったです。来年も絶対出たいですし、もっと上位に行きたいです。これから普段もちょくちょく練習して、これからの大会に生かしたいです。思いの外、向いてるかもしれんので!

UAEにて
UAEにて

スペシャル映像!草野寿が神様を倒した瞬間!
http://www.onthehill.jp/kusano-reyes.mp4.mp4
(5.82 MB:ウィンドウズ・メディアプレイヤーで再生できるはずです)

アンダーソン会長と
アンダーソン会長と

全日本選手権(11月) − さあ、今年のハイライト、全日本選手権!準決勝までの流れ、奥村さんへの気持ち。勝負を分けたラック(ショット)など、どーんと語ってください。)

草野 − 選手権、あと一歩なのか、まだまだ大きな一歩なのかわからないっすけど……でも、すごい楽しくて充実した大会になりました。UAEでのエフレン戦の印象をこの選手権で、より強烈に海外選手の頭の中にたたき込みたかったんで!そう思って望んだ大会だったんで、外人イワすまでは負けられへんって思ってました。優勝はできなかったですけど、あの時頑張れたのは、絶対今後大きいと思います。明らかに海外トップ選手の僕に対する反応が変わりましたから。それにしても、奥村さんすごかった!エフレン、ヤン、ときて僕、一番緊張してたはずで、序盤何発かシュートミスされてました。9対4での、1番ジャンプインの後の3番が僕の中で許せないです。僕の中の敗因はあれです。隠れた3番を入れて3発。一気に追い付かれましたから。その後の、3番立てキュー2発は僕のレベルです。仕方ないです。でも、負けたのにホンマに楽しかったです。次は、絶対勝ちたいです。次はもっと自分の玉をぶつけて勝ちたいって思えて、素直にすぐ、決勝の奥村さんの応援もできましたから。もちろん、自分が日本背負って決勝でイモネンとやりたかったですけど。今後の楽しみに取っておきます。リニング戦、追い付かれてからの終盤、落ち着いて上がった事。張裴璋との試合、四連スタートされてから、攻めて入れて上がりまで行ききった事。自信になりました。もっともっと頑張れる確信が持てました。これからの自分に期待しながら、練習頑張っていきたいです。

尼崎にて
尼崎にて

草野プロ、来年も頑張ってください!





posted by mathilda at 13:18| 新潟 ☔| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月10日

インタビュー:趙豊邦

P81200151.jpg

 今年、見事に完全復活を飾った趙豐邦。1991、2000年と二度の世界チャンピオン。台湾の英雄が新聞のインタビューに答えるこの記事は、11月にネット上に載ったものを抄訳したものです。

趙豊邦「老け込むには早すぎる」

 もし今年のスポーツ界で復活賞を設けるならば、該当するのは「Cool Killer(クールフェイス・キラー)」趙豊邦をおいて他にはない。二年間あまりのスランプを経て、彼は今年のチャレンジオブチャンピオンズで三度目の優勝を飾り、さらにブルネイ国際招待でも優勝。見事に台湾プロツアーランキング一位に返り咲いた。彼が挫折にもめげない強い性格であることを、彼のファンに証明したのである。
夜の九時過ぎ、趙豊邦は一日の仕事を終えて車で帰宅する。彼は今、高雄F1撞球館という店の専属プロだが、以前彼が最も勢いのあった頃には、6件ものビリヤード場の共同経営者だったこともある。 
練習、試合、仕事。趙豊邦は三十年近くも同じ日々を繰り返してきた。しかしここ数年、特に2002年と2003年の人生最大のスランプを経験してからは、彼は一日一日を大切に過ごそうとしている。あの時の彼はビリヤードにおいての成績も良くなかったし、経済的にも破産寸前まで追い込まれていた。体も悲鳴を上げていた。
「私は人生で躓くなど考えたこともありませんでした。ましてやあんなに悲惨な状態になるとは……」「私は自分に言い聞かせてきました。子供の頃はあんなに苦しかった生活を耐えてきたんだから、今の窮状に悩むことはないと。厳しい状況に直面していた時、むしろ私は楽観的でした。強くなって、必ずもう一度立ち直してみせると」
彼には三人の子供がいる。一番上が中三で、一番下が小4。趙豊邦はあの二年間にほとんど収入がなかった。借金もした。いろんな面で節約しなければならなかったから、子供が外食したいと言っても彼は許さなかった。彼は生活が苦しいことを決して子供には話さなかったから、子供たちはそううことが理解出来る年齢になるまでずっと自分のお父さんはケチな人だと思っていたそうだ。
借金自体が趙豊邦にダメージを与える事はなかった。しかし彼自身が最も心配していたのは自分の体のことだった。「もし私が倒れたら、立ち直るチャンスもなくなってしまうからです」
生活パターンを変え、甲状腺機能を改善するために薬を飲んで練習に励んだ日々。2004年から徐々に調子も良くなり、アジアでの大会やプロツアーでも良い結果が出るようになってきた。そして今年、チャレンジオブチャンピオンズで5万ドル、ブルネイ国際招待では1万ドルの優勝賞金を勝ち取ることが出来た。これらの優勝で、今まで収入がなかった時のマイナスを、ようやくチャラにする事が出来たのだ。
「私にとって、プロツアーランキング1位に返り咲くというのが最も励ましになりました。長い間1位になったことないからです。台湾ツアーで戦うのは海外の試合で戦うよりやりにくいと感じています。若い人は技術面では私に勝てないかもしれませんが、私が年をとった分、逆にプレシャーを感じてしまうからです。昔のように簡単には勝てなくなりました。にもかかわらず今年1位という事は、私がそれなりに努力したからだと思うのです」
先々月(9月)、趙豊邦は38歳の誕生日を迎えた。例年と違い、長いスランプから脱出できた開放感からか、すべてが光に向かって進んでいる感じがしたという。子供たちが誕生日プレゼントを贈るつもりでいたが、彼は断ったそうだ。子供たちに節約して欲しかったし、彼はすでに優勝という大きなプレゼントを自ら手に入れていたからだ。
「苦しい時期は過ぎました。借金もほとんど返済できました。でも私は努力をし続けるつもりです。人生そのものが試合であり、それはまだまだ終わっていませんから」

Chao
先月の全日本選手権での趙豐邦




posted by mathilda at 07:39| 新潟 ☔| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月22日

ラルフ・スーケー、全日本選手権直前インタビュー!

_B184307.jpg

 11月18日、「台湾スーパーカップ」開催中の台北で、ラルフ“カイザー”スーケーにインタビューしました。昨年のチャンピオンが、今年一年を振り返ってくれました''^_^

……3月に314シャフトに変えたと伺いましたが、その後、調子はどうですか?

スーケー:314シャフトには満足しています。今まではノーマルシャフトを使用していましたが、入れの安定性を求めて変えてみることにしました。Zシャフトも試しましたが、太さ等が私には合いませんでした。

……去年、あなたは日本で2勝(ジャパンカップ、全日本選手権)しています。しかし、今年は一年を通じてまだ目立った成績を上げていません。ご自分で今年の成績をどう思われますか?

スーケー:まず、2004年でさえ、私としては満足のいく成績ではありませんでした。幸いにも日本では勝てましたが……。2005年はと言えば、まあ、「壊滅的」と言っていいでしょうね(笑) 出だしはまず順調だったと思います。ですがヨーロッパ選手権9ボール決勝(3月)で、アレックス・レリーに8−5でリード(9先)していながら勝てなかったのが痛かったように思います。それからどうも根本的な部分で上手くいっていない感じがします。今年のプレー内容自体は悪くありません。ですが、どうにも結果が伴いませんでした。今年も残りわずかですが、来年に繋がるような良い結果を、ここ台湾と、そして日本で残したいと考えています。

……今年、台湾の選手は勝ちまくりでした。台湾、とりわけ呉珈慶に代表される10代の選手たちに関してどう思われますか?

スーケー:呉珈慶はとても才能のある少年だと思います。昨年、私は彼のフィリピンでの試合(「On Cue 3」)をTV解説しましたが、その時ですら彼は世界のビッグトーナメントに勝てる潜在能力はあると感じていました。ですが、私は間違っていましたね。潜在能力も何も、彼は今年、9ボールのみならず8ボールの世界チャンピオンにまでなってしまったのですから!先週の彼は非常にラッキーでした。ホーマンとのベスト8の試合(8ボール世界選手権)、ヒルヒルで自分が8ボールをミスしたにもかかわらず、今度はホーマンがとても簡単な8ボールをとばしてしまいました。2003年に世界チャンピオンになっているホーマンがです。しかし、そのホーマンもチャンピオンになった時は、ブスタマンテとのヒルヒルの試合(ベスト8)で、ブスタマンテの7番イージーミスから勝ち上がっています。「ラッキー」は非常に重要なのです。もちろん、「ラッキー」を掴むためにはより優れた実力が必要なわけですが。呉珈慶だけではありませんね。台湾には世界ジュニアを二連覇している呉育綸もいます。毎年のように優れたプレイヤーを生み出す台湾の育成システムは本当に素晴らしいと思います。

PB174505.jpg

……今年7月のワールドゲームズ、当初あなたの名前はありませんでした。参加されることになった経緯を教えてください。

スーケー:うーん、それはとても長い話になってしまいます。出来るだけまとめてみましょう(笑)2004年のヨーロッパ選手権9ボールが始まる前、「9ボールのファイナリスト2人は自動的に来年のワールドゲームズの代表になる」とヨーロッパ協会から聞かされていました。結果、トーマス・エンゲルトが勝ち、私が準優勝でした。その時点で私は権利を獲得したはずだったんです。ですが、ドイツ協会が主催者のワイルドカードをその時点でのドイツチャンピオン(トースティン・ホーマン)に与えると言ってきました。我々3人はみなドイツ人で、ワールドゲームズには同一国から最高2人までしか出られないという規定があります。結局、私がはじき飛ばされたわけです。ですが、ワールドゲームズが始まる2日前、台湾の世界選手権が終わってドイツに帰国していた私に、ヨーロッパ協会から電話がかかってきました。「ワールドゲームズに出ないか?」と。直前のキャンセルがあって枠が出来たからと。私は「既にドイツからは2人選ばれているから無理だ」と答えました。協会の方でもそれは了解していて、私以外のヨーロッパランキング上位選手に連絡を入れたのだが、すべて断られてしまったと。上限2名はこういう事態なので目をつぶると。結局私はスペインに一週間休暇に行く予定をキャンセルして、ワールドゲームズに参加することにしました。参加すること自体、とても名誉なことですから。結果はご存知の通り一回戦負け。体調、モチベーション共に準備不足でした。もっと早く決まっていればと思いましたね。

……今年、私(マチルダ)はたくさんの国に取材に行きました。正直非常に疲れました。ですが、そんな私より、あなたは遙かに多くの移動をこなしています。しかも毎年です!どのようにして旅の疲れを癒し、コンディションを整えていらっしゃるんですか?

スーケー:ほぼ15年間、こういう生活をしていますが、ここまで多くなったのはこの4年間くらいでしょうか。若い時にはジョギング等の他のスポーツで時差ボケを解消したりしていましたが、最近はホテルのフィットネスジムを活用することが多いですね。もっとも滞在先すべてにそういった施設があるわけではありませんが。ただ、年を追うごとに「旅慣れ」して来ているのは確かですね。

……8ボール世界選手権では9位タイ。正直、あなたのプレーは8ボールや14−1に向いていると思いますが、どうでしょうか?

スーケー:ありがとう。でも私としては特にそういうことを意識することはないですね。先週は3連勝でベスト16入り。ダリルピーチとのベスト8戦でも4−0まではすべて順調だったのですが……。結局ヒルヒルまでもつれ込み、難しいポジションプレーをこなしてあと一歩というところで手玉がよれて隠れてしまいました。結局その試合に負けてしまいました。今年2005年は、言ってしまえばそういった試合の連続だったんです。

PB194681.jpg

……毎試合前、あなたが心がけているもの、ルーティンと言えるものはありますか?いつも同じ物を食べるとか、同じ音楽を聴くとか。

スーケー:試合のタイムスケジュールはその大会ごとにまるっきり異なります。この大会(台湾スーパーカップ)のようにタイムスケジュールがキッチリ決まっている試合もあれば、呼び出しをじっと待っていなければいけない試合もあります。ですから、ルーティンと言えるものは特にないですね。音楽も特にこれというものはないんです。聞く聞かないもその時の気分次第ですしね。ただ、試合の3時間前には確実に身体が「起きて」いる状態にはしています。というのも、昔は朝一番の試合でも全く問題なかったのが、ここ数年、明らかに朝に弱い体質になってきているからです。

……全日本全主権の翌週にはアメリカで高額賞金をうたうIPTの招待試合があります。残念ながら日本選手は参加しませんが、あなたはIPTについてはどうお考えですか?

スーケー:いずれにせよ、まだ始まっていないツアーですから。何とも言えませんね。ただ、我々選手にとっては高額賞金は大変魅力的ではあります。来年も5つの試合が既に告知されています。スポーツの世界でビリヤードが認知される大きなチャンスだと思いますから、私としては今年の大会が成功して、来年以降継続して開催されることを祈るばかりです。またIPTに触発されて、他の試合の賞金も上がるようであれば素晴らしいですね。

……最後の質問ですが、全日本選手権に対してのあなたの思いを聞かせてください。

スーケー:全日本選手権には特別の思いがあります。何故なら1987年以来ずっと出続けている大会だからです。うーん、敢えてこの場を借りて言わせて貰えば(笑)、練習テーブルがないことをどうにかして欲しいですね。これは全日本選手権に限らず、日本の試合では一般的にそうなのですけどね。でも、試合の前にウォーミングアップをする場所がないスポーツがあるでしょうか?確かに近くのビリヤード場で練習することは出来ますが、全くコンディションの違う台で撞いてもあまり意味がないわけです。せめて試合前に十分な練習時間があれば別なんですが。その台のコンディションに素早く対応するのが上手い選手もいます。私も昔はそう苦にしなかったのですが、年を追うごとに難しくなってきました。単に昔はアバウトだったんでしょう(笑)。 ただそうは言っても、日本の試合は非常に整然と進行していきます。その点はとても素晴らしいと思います。昨年の優勝は本当に嬉しかったですね。二連覇?もちろん狙っていきますよ(笑)

_B214867.jpg
posted by mathilda at 21:29| 新潟 ☁| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月21日

呉育綸インタビュー

呉育綸

呉育綸インタビュー

 この記事は台湾協会ウェブサイトに載ったものを、台湾サイドの許可を得て掲載させていただいています。(翻訳:北山亜紀子)

”練習するのはめんどくさい” カワイイ顔して平気で言い放つ、小さな巨人、呉育綸

----------ビリヤードはいつから?
 小2からです。最初は台北縣三重市の三和路のビリヤード場で。その後三重天台廣場5階のビリヤード場に通うようになりました。

----------その頃誰かに教わった?
 その店のオーナーがとても良くしてくれて、この球(対角線のストレートショット=センターショットの手玉を手前ポケットまで離したもの?)を連続2回入れたらキューをやるぞって言ってくれて。(もちろん貰った)その後、小学校4年くらいからは、ここ(34C POOL CLUB 撞球概念館,三重天台広場三階)で撞くようになって、周俊賢コーチが教えてくれてます。

----------家族は支持してくれてる?
 元々は反対していたんだけれど、會員賽(ハウストーナメント)で優勝した時からは、賛成してくれてます。

----------初めて優勝したのはいつ?
 小学校4年の時、王泓翔が連れて行ってくれた、1995撞球館會員賽で。

----------(王泓翔に)どうして連れて行ったんですか?
 (王泓翔) 当時、まだ小さかったが、すでに球はかなり撞けた。しかも、(若いし無名なので)ハンディがもらえる。これはチャンスだと思って連れて行ったんだ。

----------そんなに昔から上手かったんだ。
 ある程度のレベルになった時、周コーチが、高明松コーチに紹介してくれました。(質問の返事になってないけど)

----------高コーチは、何を教えてくれた?
 レールに貼り付いた球とか、ボール越しの撞きづらい球の撞き方とか。この二つは、ストロークの安定と自信の向上には、とても効果があった。二人のコーチは、たくさんの事を教えてくれたよ……。何って聞かれるとうまく言えないけれど。

----------周コーチが、君が”悪いことを覚えた”って言っていたけど、何?
 小4から小5まで、ネットゲームの“天堂” と”暗黒破壊神”にハマってね、真面目に撞いていなかったんだ。

Q----------年にいくつも優勝して、しょっちゅう君の名前を見るのに!?豪登盃で優勝した時、いくつだった?
 あの時は6年生で、もう真面目に練習し始めてたよ。

----------范仕崗、郭伊哲この二人のコーチからは、何を教わったの?
 いろいろ。主に、メンタル。あせるな、心を落ち着かせて撞けって。

----------最近、世界ジュニア以外での成績を聞かないけれど。
 いくつものハウストーナメントに出て、優勝もしてますよ。プロの試合にも出るし。李雅仁氏が、僕を育成するためと言って、エントリーフィー免除にしてくれるので。

----------世界選手権のステージ1には、どうして出なかったの?
 與復興高中の試験日と重なってたので。

----------なのに、どうして高職に入学したの?
 高職は、よりいい環境を提供してくれたから。学費免除、バス代も免除、更に、学期毎に2万元の奨学金まで出るんだ。海外の試合に関しては、経費の半額を援助してくれるし。

----------これからのプランは?
 まず、世界ジュニアの3連覇に向けてがんばるよ。新記録を打ち立ててやる、まだ二回出れるからね!


呉の練習法

----------練習はどれくらい?
 以前はもっと長かったけれど、今は一日1〜3時間。

----------何でそんなに短いの?
 僕はすごく不精なんで。長く練習するのはめんどくさくて。

----------いつもどういう練習を?実際やって見せてくれるかな。私が記録するから。

練習1:
9ボールのブレイクで、手玉を中央で停める練習。停まらなければ、フリーボールで取りきり、またブレイク。
練習2:
15個の球を適当(トラブルは作らない)に置き、フリーボールで1ボールから順に取りきる。
練習3:
練習中にミスしたショットを繰り返し練習する。

----------9ボールのブレイクで、練習するのは手玉のコントロールだけ?
 うん、練習する時は、ただ手玉を停めるだけ。試合の時は、パワーを加える。

----------15個取りきりは?
 15個あると、手玉の路線が複雑になるからね。ひらめきが必要。

----------空クッションの練習はするの?
 それぞれ、台によってクッションの反応が違うからね。空クッションは感覚で。(スリークッションのテストをしてみたところ、第一クッションが長クッションの球は毎回一回で、短クッションからの場合も、毎回2回以内に当てていた。)


----------------------------------------------------

 2004全日本選手権ベスト4、世界ジュニア2連覇、先日の日台若手対抗戦では9勝1敗と、実力は世界トップレベルにあると言っていい呉育綸。果たして今年の全日本選手権ではどんな活躍を見せてくれるのか。期待しましょう''^_^





posted by mathilda at 13:03| 新潟 ☁| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月03日

オータム・ベスト8:松田華奈インタビュー



先週のオータムクイーンズでベスト8に入った松田華奈選手にメールインタビューをお願いしました''^_^

-------ビリヤードを始めたきっかけと、キャリアを教えていただけますか?

 きっかけは高校生の時に近くにビリヤード場ができたことでした。興味本意で遊びに行くようになり、そのままずっとって感じです。始めてからは4年半位です。

2-------普段はどこでどんな練習をされていますか?また指導を仰いでるプロの方などはいらっしゃいますか?

 九州の「スロット クルーゾー」が経営しているお店に所属していて、そこで店番をしながら練習させてもらってます。練習は苦手な球や、試合でトバしてしまった球を練習する事が多いですね。後はお客さんとの相撞きです。指導を仰いでるは、同じお店専属の草野プロです。いろいろと面倒を見てもらってお世話になってます。

-------これまでで一番の大会成績はなんでしょう?

 今大会の成績です。

-------ベスト16の対大谷戦。これまで対戦したことはありましたか?この試合、自戦解説していただければと思います。

 大谷プロとは初めて対戦しました。試合中は、回って来たら精いっぱい頑張ろうと思ってました。途中2-9コンビの後にエース2連発と続いて、本当にこの試合はついてたと思います。

-------ららぽーとでのベスト8。試合前はどんな心境でしたか?また、試合を振り返ってどうだったでしょう。

 試合前は、全く落ち着かなかったです。試合が始まってからも、ずっと地に足が着いてなかったと思います。 試合を振り返ってみると、特にセーフティの下手さに気付いたので、いろんな方の球を見て勉強しなきゃなぁと思いました。でも、いい経験が出来て良かったと思います。

-------12月にプロテストを受けるとか。試験を受けようと思ったきっかけはなんだったのでしょう?

 プロになりたいという気持ちは漠然と始めた当初からあったんですけど、試験を受けようと思ったのは所属しているクルーゾーの方にお世話になると決まってからですね。(※ ちなみに、プロテスト実技免除は「G2以上のオープン戦でベスト8以上」。残念なことにオータムはG3……)

-------尊敬するプロ、または目標にするプロはいますか?また、それはどのようなところでしょう?

 同じ九州の山内公子プロです。最近いろんなオープン戦などに出て思ったんですけど、遠くである試合に出るのが、こんなにきついんだって初めて分かったんです。それでも山内プロはずっと試合に出てて、成績も残して、ってすごいな!と思ったんです。尊敬しますね。

-------ビリヤードの魅力を語ってください。

 あまり関係ないかもしれないですけど、ビリヤードを始めてから年齢や性別に関係なく、幅広い人達と知り合えたのは本当に良かったなぁと思います。そういう所も魅力の一つじゃないかなぁと。


 
 松田選手、ありがとうございました''^_^ またインタビューできる機会を楽しみにしています!
posted by mathilda at 00:10| 新潟 ☔| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月11日

呉珈慶から学ぶ:「夢を実現する為には」

_9020110.jpg
台湾のサイトに載った記事の意訳です。協力していただいたOさん、本当にありがとうございました''^_^

ネタ元

-------------------------------------------------------
世界チャンピオンの呉珈慶から学ぶ:「夢を実現する為には」
呉海助 弘光科技大学助教授

 今年高雄で行われたWPA男子9ボール世界選手権では、二人の台湾選手が決勝戦を争う光景が実現した。結果、台北の復興高校一年生、16才の呉珈慶が郭柏成に勝利してチャンピオンになった。これは世界のビリヤード界に震撼を与え、主催国である台湾人がチャンピオンになるという神聖な使命を完成する事に加え、世界選手権史上最も若いチャンピオンの登場ともなった。「長江の波は後ろの波に押される様に、英雄は少年から生まれる」との言葉の通り、呉珈慶が行政院長の謝長廷からトロフィーを受け取って世界選手権は終了した。
 呉珈慶の成功の鍵は成熟した、豊かな青/少年期にありそうだ。彼は同年代の友人がネットゲーム、コンピューター、PS2やコンパ熱中していた時、学校での授業以外の時間を台北泰山郷にある祖母が経営するビリヤード場で、深夜まで練習に没頭していたのである。
 呉珈慶の言葉によれば、自分が他の同年代達に比べて良い点があるとすれば、それは早い時期で人生の目標を確立し、常に目標に向かって前進出来たことだという。16歳にして人生の目標を達成する為には、その過程での犠牲は少なくはなく、またプレッシャーも一高校生には重すぎるものであった事も想像に難くない。ただしこれも彼の言葉によれば、「成功には代償が必要」である。
呉珈慶が小さい頃、彼を養っていた祖母から言われた事がある。「人生においてビリヤードをする事を選ぶなら、真剣にやりなさい、そうでなければ学生として勉強をやりなさい」。ビリヤードと学業の両立は難しいと呉珈慶は考えた。そしてビリヤードのチャンピオンと博士を秤にかけた結果、彼はチャンピオンになる事を選択し、それが彼の人生の最終目標ともなったのである。
 ここでもう一人ビリヤード界の有名人、柳信美を例に見てみよう。彼女のビリヤードへの情熱は言うまでもない。かつては酒を飲み、喧嘩をし、またドラッグにも手を出すような少女であった柳信美。彼女はビリヤードという人生の目標を見つけた後、2002年には世界女子選手権大会でチャンピオンとなり、台湾で傑出した青年10傑にも選ばれ、故郷に錦を飾ることが出来たのである。
 彼ら二人のビリヤード選手の成功例からわかる通り、早い時期で自らの目標を確立することこそが目標達成の鍵となる。アメリカには大学生の生活を研究した文献がある。1990年から1997年の間、51,155人の全日制の大学生を対象としたこの研究によると、勉強にあまり時間を使わない結果、低い成績しか得ていない学生のグループが18%にものぼるという。研究者は憂慮を表し、警鐘を鳴らしていた。
 「夢を持つことは美しく、夢と共にありたいと願う。人生に夢があれば、その実現に努力する」という言葉がある。呉珈慶というビリヤード好きの青年が、努力の結果チャンピオンになった事を喜びたい。また、全ての人にも同じように夢を実現することができるという可能性を伝えられたらと希望している。この様な美談は伝説として語り継がれる事ではない。ビリヤード界のみならずスポーツや他の分野においても、誰もが早い時期に夢を持ち、理想を実現するために努力すれば、夢を開花させる事は可能なのである。これこそが英雄を生み出す鍵なのである。
posted by mathilda at 10:15| 新潟 ☁| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月04日

北陸オープン − 今年は譲れない!

北陸オープンまであと4日。今日は昨年の男女準優勝、塙圭介、浜西由希子の二人にメールインタビューをお願いしました。

1)今年も残りわずか。簡単に2005年を振り返っていただけますか?

2)昨年は惜しくも準優勝。一年たって思い出してみるとどんな試合だったでしょう。

3)今年の北陸へ向けての今の意気込み、現在の調子を教えてください。




塙圭介(2004年北陸オープン準優勝、2004年グランプリイースト第8戦優勝)

1)今年はベスト32からベスト8で負けてしまう試合がほとんどで、あまりいい結果は出せていません。応援してくれている人たちの為にも、もっと上のほうで安定した力を出せるように頑張りたいです。

2)ビデオで去年の北陸の試合を見ましたが、「何やってるんだ?」と見ていて腹が立ってきます。メンタルの弱さがそのまま出た感じです。

3)予選会場や試合形式が去年とは違うと思うので、去年とは別の試合だと思って頑張ります。調子は気持ちでカバーします。




浜西由希子(2004年北陸オープン準優勝、2005年関西9ボールオープン優勝)

1)2005年は、出だしの関西オープンで勝つことが出来、今年は頑張ろう!と思いきやジャパンオープンで負け負けとつまずいてしまいました。それからもあまり成績ほ良くなく、ドイツのワールドゲームスでは良い感じで自分なりに手ごたえはありましたが、それも生かせず悩んでいる状態です。

2)昨年は準優勝でしたが、はっきり言って内容があまり良くなく、よくそこまでいけたな、というものでした。

3)今の状態は1)で書いた通りです。今年のランキングは気にせず、残りの試合を一つずつあきらめずに戦っていきたいです。
posted by mathilda at 07:04| 山形 ☁| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月01日

福家美幸初優勝インタビュー

8月7日富山での西日本女子プロツアー優勝後のメールインタビューです''^_^


1)初優勝おめでとうございます。ここ3ヶ月あまり調子が上がらず、前回の中国オープンで再び準優勝でした。今大会前の気持ちを教えて下さい。

@いつでもそうですけど、優勝を目指してがんばろうと思っていました。色々考えずに、集中してがんばりたいと思いました。

2)後藤さんの印象と対戦成績を教えて頂けますか?また、決勝前に考えていたことを教えて下さい。

A印象は、楽しそうに玉突きするなぁと思います。前に球'Sの取材で対談したときにそのようなことを話していたので。後藤さんとの対戦成績はここ最近2回あたって2回とも負けてました。決勝戦の時はそのことは意識せずに突けました。決勝前に考えていたことは、決勝戦だとは思わずに突こうと思いました。自分にチャンスがまわってきたら、台に集中してがんばろうと。変なプレッシャーは感じないでがんばれました。

3)決勝戦、前半後藤プロにミスが続き、有利な形で試合が進みました。どのあたりで「勝てる」と思いましたか?

Bどのあたりでも勝てる!とは思わなかったです。試合は最後のナインボールを入れて手玉が止まるまでは何が起こるか分からないので。さすがに最後のマスで8番を入れた時は、この9番入れたら勝てる!と思いました。どんな試合でもそうですけど、ゲームボールを突く時はこれ入れたら勝てるから、絶対入れる!と思いながら突いてます。

4)最終ラック、セーフティの7番がオープンで回ってきた時の心境を教えて下さい。

C最後のマスも、取りきりにいって6番から7番が失敗してセフティをして、短短に分けることしかできなかったのでセフティで返されることは覚悟してました。入れれる玉がまわってきたので、がんばって入れようとしか思ってませんでした。ロングだったので、ヘッドアップだけはしないように気を付けようと思って突きました。

5)ズバリ、優勝の瞬間は如何でした?''^_^

Dヤッター!!!!ってかんじでした。めっちゃ嬉しかったです。

6)今大会の鍵はベスト8、夕川戦にあったと思うのですが、展開的にはほとんど負け試合。ご自分ではどう振り返りますか?

Eそうですね、最終ラック、ブレイクスクラッチした瞬間は負けたと思いました。でも最後まであきらめないでがんばるぞ!とは思ってましたけど。台のコンディションがずっとつかめないままでしたね。自分の対応能力のなさがはっきりと分かりました。

7)今年西日本女子の試合はここまで11試合。そのうち5試合で決勝進出です。これは実際凄い成績だと思うのですが、ご自身ではどう思われますか?

F別にそのことはすごいとは意識してないです。そのうち、4試合は予選落ちですから。しかも連続で…。決勝戦を突かせてもらえるのはすごく良い経験だと思っています。その結果、優勝はしたいですけど、負けた試合で学ぶことはたくさんあります。これからも色々学んで経験をつんでいきたいと思います。

8)9月以降、全国オープンだけで5試合あります。今の位置(2005年集計で6位)なら十分にトップ3を狙えると思いますが?

Gランキングのことは今年に限ってとかあまり考えてないです。プロになった時点でランキング1位を目指してますけど、先輩プロの方々に近付けるようにがんばりたいですね。

9)初優勝で一段階クリアと言ったところでしょうか。今後の目標を教えて下さい。ずばり、全日本選手権を獲りに行きますか!

H全日本選手権…優勝してみたいですね。どの試合でも優勝目指してがんばるので、自分の満足のいく玉突きができて、結果、優勝できたら嬉しいです。一年って早いですよね。もう8月ですよ。あと5試合全力でがんばります!また、玉突きをやっていく上で周りの環境というものがとても大事だと感じました。いつも可愛がってもらっていて、良き先輩である浜西プロ、また、地元香川でお世話になっている青木プロ、そしてショット(いつも練習しているお店)のお店の皆さんや周りにいるみなさんに感謝しています。
posted by mathilda at 11:29| 山形 ☀| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

飯間智也、世界ジュニアインタビュー!

マチルダ − 出発前、大会に向けての特別な練習はしましたか?例えば9先対策とか?また、今回の自己目標は何位でした?

飯間 − 渋いテーブルでイレの練習はしました。もっと試合に出たかったです…。英語はNOVA行ってるので(笑) 今回の自己目標はもちろん優勝でした。

マチルダ − 食べ物が昨年のオーストラリア以上に大変だったと思うのですが……。問題なかったですか?日本から色々持って行ったりしました?

飯間 − 食べ物はオーストラリアより全然よかったです。毎日違うメニューでおいしかったです!日本からはなんも持っていってないです。

マチルダ − 今回、最も印象に残った試合はどれでしょう。またどんなところが印象に残りましたか?

飯間 − やっぱジャスミンの弟(アルヴィン・オーシャン)との試合(勝者最終。ここで負けたことで、敗者最終で土方と対戦する羽目に)ですね。すっごい気合入れて挑んだんですけど……キックファール3回くらいしちゃって……

マチルダ − ちなみに、女子優勝のジャスミン・オーシャンは好みのタイプ?

飯間 − 嫌いじゃないです(笑) 女なのに男みたい!自分より男らしいかも……。それよりぼくはカナダの選手が好みです!

マチルダ − 対戦した選手以外で、「こいつには勝てない」あるいは「対戦してみたい」と思った選手はいますか?その選手の特徴はどんなところでしょう。

飯間 − 勝てない選手は多分いないと思ってます!いたとしても負けたくないです。そうですね、一人挙げるならもう一回ジャスミンと勝負したいです!実は、ドイツの世界ジュニア(2003年)の時に一回戦でジャスミンに9―7で負けてるんです。だからいつかもう一回勝負したいです。今度も負けてみたいですね(爆笑)

マチルダ − 何かと比較されてしまう土方隼斗。飯間君の隼斗評を聞かせてください。ビリヤードを離れても友達になれそう?

 − 玉突きでは心臓も技術も土方くんの方が上です!もちろん今でも友達ですから。でも、多分性格は真逆だと思います!彼は普段はおとなしいけど、弾ける時は弾けてますよ(笑)

マチルダ − もし誰かに「スポンサーになってやるから、高校休学して台湾に修行に行ってこい!」って言われたら行きますか?

飯間 − 絶対行きます!!

マチルダ − 一年前の呉育綸と今年の呉育綸。飯間君から見て何が一番変わってました?

飯間 − 去年よりも余裕が感じられました。なんか予選から決勝までずっと同じペースで撞いてました!あと、ブレイクが去年よりも強くなってました(汗) 台湾の選手とはいっぱい話しましたね。許凱綸っていう今年3位の子がちょっと英語を話せたんです。隼斗君曰く、僕と許凱綸は顔が似てるそうです(笑)

マチルダ − 世界の中で自分を考えて、まだまだだと思うのはどんなところでしょう。逆に自分が優れていると思うところは?

飯間 − 自分はセフティとキックが下手過ぎます!あと、心臓が弱いです!自分が優れてるとこなんてあるんですかね…。一応ブレイクです。

マチルダ − 同じ四国の青木プロ、福家プロとはよく練習しますか?

飯間 − 青木プロとは月1くらいで練習します!福家プロとはあんまり撞けないです(涙) でも福家プロからは精神的な面で見習うべきとこがたくさんあります!!

マチルダ − 次の目標を教えてください。

飯間 − まずはまた来年の予選に勝つコトです!あと、試合に積極的に出場するコトが課題です!隼斗君も来年も出ますよ!また来年も一緒に行こうって決めましたから(笑) 来年の予選では多分……北陸の柴田君、神奈川の小川君、それに埼玉の青木君とかが出て来ると思います。それでも、来年も絶対に会おうってカナダの選手やアメリカの選手と約束しましたから、絶対負けないですよ!!
posted by mathilda at 11:19| 山形 ☀| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。